午前二時。高校三年生の尾上尚太郎は二階の自室で考えていた。
「尾上家具」といえば、尚太郎が生まれ育った長野県上田の住民なら知らない者はいないほど名の知れた老舗の会社だ。
大正七年、尚太郎の祖父は農家の九人きょうだいの末っ子として生まれたが、口減らしのために小学校には行かせてもらうことなく松本市の家具問屋に丁稚奉公に出された。
真面目なその男は二十四年間の奉公の末、三十歳の時に家具職人として独立をした。
寝食を削りながら築きあげた「尾上家具」は丁寧な仕事をする職人がいる家具屋として代々上田の町で息づくこととなった。
二代目となった尚太郎の父・吉次は初代を凌ぐ職人という賛美の言葉をもらうほどの腕前の男だが、酒を飲むとタチが悪かった。

酔って帰ってくると寝ている子供たちを平気で起こし、持ち帰った土産の寿司を食えと叫ぶ、妻が夜中ですから、子供たちは寝ていますからと懇願しても聞く耳は持たず、それでもしつこく咎めると平手打ちを浴びせた。
尚太郎はそんな父親が嫌いだった。

令和2年5月4日