駅の待合室で始発を待ってる時間は恐怖だった。
家出を知った父親が追いかけてくるのではないか、連れ戻されて何発も殴られるのかと想像しただけで東京行きの切符を握りしめてる右手が震えた。
待合室に東京行きの汽車の到着アナウンスが響いた。それは希望の声だった。

流れる車窓に郷愁はなかった。
思い出すのは母親の笑顔だけだった。
母親が大好きだった。母親があの家の救世主だった。母の笑顔、明るい母親が尚太郎の救いだった。

物心がついた頃から「尾上の三代目」への線路は決まっていたので幼いながらも自分はそういう人生を歩くものだと信じていた。
令和2年5月7日