その日の夜、昨夜のメンバーがなけなしの金を出しあって尚太郎のためにスキヤキ鍋を振る舞ったときのことだった。
武雄が素っ頓狂な声をあげた。
「え? 家出? 尚太郎、家出をしてきたの?」
「はい」と尚太郎。
「あるある、そういう時期」。面白そうに相槌を打ったのはバンドマンのよしえだった。「で、予定は一週間くらい?」と聞いた。
「いえ…。ずっとです」
「ずっとって…ずーっとということ? 本気の家出ってことなの?」。
サチ子の声が上擦った。
「はい。俺も東京で夢をつかまえたいんです」
「待て待て」。
焦ったのは武雄だった。
「そのこと、おじさんは知ってるのか?」
尚太郎はかぶりを振ると「黙って出てきました」と伝え、そして武雄に向かって正座をすると頭を下げた。
「武雄さん、ここに住まさせてください」
「いや、ムリだよ」。武雄は食い気味に答えた。
「俺、イヤだよ、あのおじさんに目をつけられるのは…そんなこと知られたら俺が上田に帰れなくなっちゃうって、ムリムリムリムリムリ」
脅える武雄の姿にサチ子が聞いた。
「尚太郎くんのお父さんってそんなに怖い人なの?」
「ああ、星一徹も降参する」
その言葉に皆の顔が強張り、武雄は怒鳴った。
「尚太郎、帰ってくれ!!!!!」
令和2年5月22日