奥平のアパートに尚太郎が暮らすという話はトントン拍子に進み、善は急げとばかりに、その夜、尚太郎は奥平のアパートに行くこととなった。
奥平と夜道を歩いてるとき、生前の祖父がボケはじめたときに何度も話をしてくれたハナシを思い出した。
昔々、貧しい農家の娘たちは口減らしのために身売りをさせられたんだ、ある娘は丁稚として、ある娘はタダ働き同然で家畜並みの扱いをされ、ある娘は男の相手をする吉原へ。吉原…あゝ死ぬ前に一度は行きたかったなあ。
おじいちゃん、俺はどうなっちゃうんですか?
道中の奥平が無口になっていることが気になっていた。
武雄の部屋では常に楽しそうに喋ったり笑っていた男がなにも言わずに歩いてる姿は尚太郎に異様な怖さを与えた。
「あの…奥平さんの部屋ってどこにあるんですか?」
「中野じゃ」。無愛想に奥平は答えた。
中野駅は武雄が住む高円寺駅の隣駅だった。切符を買うときも電車に乗ってるときも奥平は無口だった。それが不気味さを増した。
中野駅北口の改札を抜けたとき、奥平はやっと口を開いた。
「酒、飲もうか」
「あ、でも、俺、未成年ですし」
「フフ、じゃけぇ? まさか飲んだことないなんて言うんじゃないじゃろうな、ガタガタ言わんで付き合え」
令和2年5月24日