尚太郎は気が大きくなっていた。
お金を持っているというだけで心に余裕が生まれていた。
工事現場は新宿南口を出て、目の前の甲州街道を初台方面に向かって十分間ほど歩いたところにある建設中の地上15階建てのマンションだった。尚太郎は新宿への満員電車にも徐々に慣れ、歩道をスタスタと急くように歩く人間のスピードにも慣れはじめていた。俺はこの街で働いているんだ、新宿のあのマンション建設をやっているんだぞ、一階のエントランス部分の担当は俺なんだぞ、そしてお金を稼いだんだぞ、誰かに自慢したい気持ちだった。
高校中退の俺が十八万円稼いだんだぞー。
空に向かって叫びたかった。
バイトを終えてのいつもの帰り道、新宿南口へ向かって歩いてるときに目に映った夕焼けに染まりかけた雲に、フト、弟の修二と妹の絵里子を思い出した。
俺がいなくなって、あの二人はどうしているのだろうか。
父親に怒鳴られていないだろうか。
二人のことを思うと涙が溢れてきた。
この金で何かを買って送ってあげようかな、なにがいいかな、なにをあげたらあの二人は喜ぶのかな。
幼い弟妹の顔が雲から離れない。
袖で涙を拭ったとき、突然、背後から羽交い締めにされると顔にタオルが巻かれた。一瞬何が起こったのかは尚太郎に理解できなかった。
だが次に洋服をガッとめくられ、パンツの中に隠していた茶封筒を奪われたときに、あ、襲われていると認識した。
羽交い締めされていた両手を振りほどき顔面を覆われたタオルを剥ぎ取り、このやろと後ろを振り返った途端、顔面を拳で殴られ、うう、とうずくまった。
歩道に大量の鼻血が滴り落ちていく。
顔を押さえた指の隙間から走り去る二人の男たちの背中が見えた。
そして大勢の通行人たちの我関せずに歩く姿も…。
誰も助けてくれなかったのか…。
これが東京か…。
【つづく】
令和2年5月28日