44.明日はそこにあるはず 13話

「そういうことがあってママはね、初めて芸能界というところに飛びこんだの、あの頃のあの人たちにとっても感謝をしてるの、武雄さん、おっくん、困った時の北別府さん、サチ子さんとよしえさん、そして奈緒美さん…。あら? あんたたち寝ちゃってるの? ママのお話しがつまんないの?」

 散歩から帰ってきた涼風せいらは、この日自分の物語を愛犬たちに話をしていたのだが、ポンとロコはたいしたオチもない長い話に疲れて眠っていた。

 涼風はもっともっと話しがしたかった。

 主役の舞台をやりたい、やってみたい。その野望が今夜の涼風を饒舌にさせていたのだが話し相手の愛犬たちが眠ってしまい、手持ち無沙汰となった。

 「伊賀の花嫁 その四 シングルベッド編」ははじまったばかりだ。明日もあるし、それじゃあ私も眠ろうかな〜とソファーを立ちあがろうとしたとき、こちらを見つめてる四つの瞳に気がついた。レオと福だ。

 三年前、路地裏でミャーミャーと鳴き続けていた八匹の仔猫を見つけたとき、地獄だと思った。捨てられたのか産み落とされて放置されたのか分からない仔猫たちがミャーミャーと鳴いていた。

気づいてしまった…見てしまった…何匹かと目があってしまった…勘弁しておくれよ、私には無理よ、どう考えたって無理なの、ウチにはワンちゃんがいるの、これ以上のお世話はできないの、ゴメンねと自分に言い聞かせて、その場を立ち去った。

 マンションに戻った涼風がベランダに出て缶ビールのプルを開けたときにポツリ、ポツリと雨粒が頬にあたった。ウソでしょ、雨なの? 上の階の部屋のクーラーの水滴が風に乗ってきただけよね、そうよ、そうに決まってるわよ。だが雨だった。

ミャーミャー。

仔猫たちの声が聞こえる。聞こえるわけないじゃないの、だってあそこの場所からウチは二百メートルも離れているのよ。

ミャーミャー。

 涼風はその場所へと走った。大雨の中、八匹が身を寄せ合って必死に鳴いていた。誰か助けてください、お願いします、助けてください。そう聞こえた。

 涼風は叫んだ。

 誰かーいないのー誰かー。

 大粒の雨と共に人々は往来から消えていた。

 涼風は上着を脱ぐと八匹の仔猫たちをくるみ、そして救急動物病院へと走った。上半身裸のオカマが雨の中を走った。

                  

 「助けてあげるからねー必ず助けてあげるからねー」

       

    

 六匹が亡くなり二匹が生き残った。それがレオと福だ。

 あの日、私の決断がもっと早ければこのコたちのきょうだいは死ぬことはなかったかもしれない、涼風は今でもそう思ってる。だからたくさん食べさせた。そしてパンパンになった。パンパンになったこのコたちは私に恩義を感じてくれているのか私の昔話を聞きたいと見つめてくれているのだ、なんて愛おしいネコちゃんたち。

              

「それでね、ママは三原じゅん子のいる養成所に…(!)レオ? 福ちゃん? 寝ちゃったのね…」

             

【つづく】

令和2年6月13日