46.明日はそこにあるはず 15話

 完全な寝不足だ。

             

 今日はマチネとソワレの二つの本番があるのに涼風との電話を終えたのは朝六時を過ぎていた。いや、正確にいうと怒りの言葉と一緒に電話を切られた。

 熟睡中に鳴った携帯電話の着信相手の名前を見たとき、なにごとかと思った。明日の舞台の段取り変更の連絡なのか、はたまた共演者の誰かが交通事故に遭遇したのか、イヤな予感が走り電話に出たのだが、涼風は酒に酔っているのか、話の内容は支離滅裂だった。

涼風が「聞きたい?」と言うので「はい」と言うしかない。

 話の中身はナオタローという青年が三原じゅん子という人がいる養成所に行けたのはタケオとかオックンとかヨシエさんとか、他何人かの名前を出てきたが登場人物が多すぎて覚えられなかった。そもそも、一体全体なんの話をされているのかがわからない。それでも話の隙間を見つけて「はい」「へえー」「ほんとですかー」などと相槌を打っていたが限界だった。

          

 城戸才蔵は眠ってしまった。

             

 携帯電話から涼風のカリカリした声が聞こえてハッと目を醒ました。

「もしもーし、サイゾー聞いてるの? サイゾー、アンタちょいと寝てるの?」

 才蔵は慌てた。俺は何分間寝てしまったのだろうか、三分か、五分なのか…。

「もしもーし、出なさいよーアンタ寝てるのね!」

「あ、すみませんでした」必死に謝った。

「おバカ、もういいわよ」と電話を切られた。

 電話が終わってくれたことにはホッとしたが、大先輩の涼風を怒らせてしまったのは事実であり、睡眠に戻ることが出来ず、それからいつ眠ったのかも分からなかった。

 そして寝坊をした。

 本番の二時間半前までに劇場入りをすることが取り決めなのだが劇場の楽屋口を抜けて着到盤に着いたのは二時間前の昼十二時だった。三十分の遅刻だ。楽屋へと走ったが足取りは重かった。

          

 今朝方、涼風を怒らせたことは事実だ、どうしたらいいんだろう…。ええい、素直に謝るしかないじゃないかと楽屋前に着き、大きく息を吸い込み扉を開けた。

            

「すみません寝坊をしましたー」

 戸口にいた三四郎が、口元に指を当ててシッとやった。

 楽屋にいる役者たちがひとつの方向を見つめていたので,

才蔵もその空間を目で追うと涼風とアクア九条が睨み合っていた。

        

「アンタねー常識ってもんがないの、あんな時間に電話してきて人を起こすなんて、バカじゃないの、お肌に悪いのよ」 

             

「フン、一時間二時間の睡眠が削られたぐらいでボロボロになる肌なんて、もとが悪いのよブス」

           

「まっ。キィー」

      

「なによキィーって、じゃあお返しに、ウキィー」

          

  二人の大先輩が荒れていた。

 今日の舞台はどうなっちゃうんだよ…と才蔵は思った。

【つづく】

令和2年6月15日