52.明日はそこにあるはず 21話

 劇場のロビーは慌ただしく動き出していた。

 本番四十五分前。

 制作スタッフたちは役者扱いの当日精算客のチケットの最終確認、当日券を求めて並んでくれた人たちに配布した整理券枚数の最終確認、パンフレットなどの販促物の数量と釣り銭の最終確認、そしてバイトの女の子たちへの指示へと動き回っている。

「あと十五分で開場よー大丈夫―?」と制作チーフの声がロビーに響いた。

 その頃、舞台上では三四郎が台本に書かれている自分の台詞だけを抜き取り、その全ての台詞を早回ししながらグルグル、グルグルと舞台を歩いていた。時おり、歩みを止めて足首や膝を回している。

この舞台の主役である男は自分の役目をわかっている。涼風やランランという先輩を両輪に置いたことで安心感はあるが、だからといって自分自身がラクをしていいわけではないと心の中で常に言い聞かせていた。

三四郎はアドリブを一切やることなく、稽古で行ってきたことだけを忠実に表現することが自分の役割だと知っている。

忍者の末裔という設定なので、丁寧な日本語を話すことを心がけ、また身体能力ある者の役として二階建てのセットから軽々と飛び降りなければならない、激しい殺陣のシーンは合計三箇所ある。トータル時間にすると十八分間、いっときも気を緩めるわけにはいかない。緩めたときは即大怪我に繋がることを知っている。ゆえに怪我防止には余念がない。クルクル、クルクルクルと足首と膝を回し終えると再び歩きながら台詞を復唱した。

「ごめんなさい、僕のせいでママに不快な思いをさせてしまって。ハイ、僕が結婚をしないと伊賀の里が途絶えてしまいます。なんとしても花嫁さんを見つけて里に帰って子孫を残さなければならないのです」

 舞台客席の最後列の席に隠れるように座っている才蔵とアロハ・オギクボはヒソヒソと会話をしていた。

アロハ・オギクボは乾いた喉を唾液で何度も潤し、そして言った。

「嘘でしょう…ランランさんも…」

「断言する。やってるよ」、才蔵は言い切った。

「うわ…。えー? うわ…聞きたくなかったな…」

「俺だって信じたくないけど、真実だ」

「いや、そういうことじゃなくて、それが本当だとしても本番前にそういう話は、うわ…え〜どうして俺に、え〜才蔵さん、ひどいよ〜俺芝居変わっちゃうよ〜最悪だよサイアク〜アロハ〜Too BADな気持ちだよ〜」

【つづく】

令和2年6月21日