「伊賀の花嫁 その四 シングルベッド編」。二日目のソワレ公演は異常な盛りあがりをみせて、この日の幕を下ろした。

終演後の楽屋内も大いに盛りあがった。
気まずい気持ちのまま舞台にあがった才蔵だったが共演者たちは何もなかったように自分との掛け合いを楽しんでくれたことで、このカンパニーの正式な一員になれたような気がしていた。
「なにごとも問題なく済んで良かったですね」
隣の席のアロハ・オギクボが嬉しそうに話しかけてきた。
「俺、マジで尊敬しました。才蔵さんって勇気ある人だなーって」。
「オイ、アロハ。元を正せばおまえの適当な一言からはじまったんだからな、勘弁してくれよ」
「へへ、今日、一杯おごりますんで、すみませんでした」
アロハ・オギクボが憎めない笑顔をみせたとき、二人の耳に金切り声が聞こえた。
「ちょっと、あんた、いい加減にしなさいよ。そんなに持っているなら手放しなさいよ」
相当な苛立ちをこめたアクア九条の甲高い声が楽屋に響き渡り、ハッと見た。
振り返ると楽屋の上座でアクア九条が涼風に詰め寄っていた。そしてオカダ三太がアクア九条を援護するように「そうだ、そうだ」と腕組みをしながら合いの手を入れている。腕組みの右手には「博多通りもん」が握られていた。
「あんたのケチにもほどがあるわね、私の大切なお客さんがどうしても明後日の回を観たいって言ってるの、そこしか都合がつかないのよ、ね、持ってるんでしょう、その一枚譲りなさいよ」、アクア九条が再び叫んだ。
「だーめ、これは私のチケットなの、譲れませーん」
「ドケチ、キィー」
「うるさい、ウキィー」

「譲りなさいよ、キィー」「譲れません、ウキィー」
チケットのことで揉めていることは推測できた。
この舞台のチケットは完売したため出演者でも入手ができない状況になっており、役者たちはキャンセル待ちを条件に制作スタッフに「予約」を入れて虎の子の一枚をじっと待つという密かな争奪戦が行われているのだが、涼風がその虎の子チケットを何枚も持ってるという情報をキャッチしたアクアがその一枚を譲ってほしいと言ってるようだ。
才蔵とアロハ・オギクボがその様子を眺めていると、こそっとやってきたガッキーが事のあらましを小声で話しはじめた。
「なんでもね、さっきアクアさんがね、制作部屋に行って、チケット、なんとかならないのってお願いしたときに、とんでもない真実を知ってしまったんです」
「真実?」
才蔵とアロハ・オギクボが声を合わせて聞き返した。

令和2年6月28日