61.明日はそこにあるはず 30話

六本木の俳優座劇場は六本木通りに面している。

楽屋口から出てきたガッキーは賑やかな表通りを横目に指定された居酒屋へと急いだ。

 店の扉を開けて店内を見渡すと、おーいココだココ、と手を振る戦友たちの姿が見える。「伊賀の花嫁」出演者の若手メンバーの下柘植栄次、韓国人のカン・ミンソンとイ・ジホ、そして綾部直之ことアーヤンが二杯目の中ジョッキを口につけた頃合いで口が柔らかくなっていた。

「遅すぎやで」「スミマセン、お先に食べてました、ここの唐揚げサイコーです」「筋肉喜んでます」「適当に頼んでいますけど追加があったらボクに言ってください、ダブルといけませんので」。待ち人たちは遅れてやってきたガッキーに矢継ぎ早に言葉をかけた。関西弁はアーヤン、礼儀正しい言葉づかいはミンソン、意味のないひと言を発したのは栄次、やたらと日本語が達者すぎるジホである。

「ガッキーさん。生でいいですか? すみませーんお姉さーん、生ひとつ追加でお願いしまーす」、大きな声で注文をしたのはジホだった。よく喋る男でもあるが、とにかく気が利く男である。

 若手と言われている彼らだが、他所の現場に行けばそこそこのポジションを与えられたり、もて囃される役者やアーティストなのだが、平均年齢の高い「伊賀の花嫁」のカンパニーでは若手扱いとされた。その立ち位置に不満があるかといえば全くそうではない、ガッキー同様にその突き放し感が逆に気持ちが良いらしい。「下手」「しかもクソ下手」「つまんない」「中学の演劇部に行って発声の勉強をしろ」「おまえは今日から役者と名乗るな、役者になりたいだけの役者と名乗れ」、演出家の言葉の棘が刺さりまくった一ヶ月間の稽古期間を共有した仲間たちは初日と本日二日目の観客の盛りあがりを肌で感じて、このカンパニーが「役者の再生工場」と言われてる所以を改めて知った。

 稽古中、休憩時間にユジュンがこぼした言葉が印象的だった。

「軍隊の教官より怖いです…」

「カッシーさん、軍隊の教官よりこわいです、だから、とっても勉強になりました」

 戦友となった若手たちは今夜の涼風とアクア九条の一件に頭を悩ましていた。終演後の楽屋での出来事はその場にいた者たちを気まずい空気にさせたが、そのことを楽屋で口にする者はいなかった。みな、黙々と帰る準備をはじめ、なにごともなかったかのように「お疲れさまでした、明日もよろしくお願いします」、と楽屋を出た。

 だが、それぞれが心の奥でモヤついていた。そのとき栄次から個々にLINEが入り、集合と相成った。座組みの中で最年少の男だが仲間思いの口下手で熱い男である。熱い男は三人を集めたが、その場を仕切るほどの話術を持ち合わせてなく、沈黙の時間が続き、それでも彼らには現状の問題が共有されており、まずは飲もうかとなった。

 そのうちに誰ともなくはじまった今夜の一件に対して話の方向が涼風とアクア九条のどちらについたらいいんだ、となっていき、そこに答えを出せるわけではなく、そこで情報屋のガッキーを呼び出した。

【つづく】

令和2年6月30日