70.雨のち晴れ 7話

「やだーなにそれー」と笑い出したよしえに、北別府は大げさな手振りをつけながら「これを歌舞伎ぽくやるんです、夜中の二時にですよー」と教えた。

 サチ子とよしえが「二時? 丑三つ時じゃん、怖いよー」

「えー見たーい見たーい」と手を叩いて喜び、宴席者たちは手拍子と「ウイローウイロー」の掛け声で尚太郎をあおったが、尚太郎は俯いたまま黙っていた。その場がなんとなくシラけた。

 そのとき慎一が口を開いた。

「拒んどる理由、まったくわからん、やればええやないか、みんなが見たがっとるんじゃけん、楽しませちゃればええやないか」

 尚太郎は慎一を睨み見た。

 おまえになにが分かるんだ、俺は小学生のガキたちとそれを何回も何十回もやらされたんだぞ。あの先生はあのとき、ダメな人は何度でも鍛え直すと言ったのに俺はなにも教えてもらうことなく…おまえになにが分かってるんだ。

 室内にイヤな空気が流れた。

 突然、柏手をポンと叩いた無駄に陽気な浩輔が、「そんじゃあ俺が披露しまーす、北別府さん、最初のセリフ、なんでしたっけ? 教えてください」、と言って、北別府から口立てされたうる覚えのセリフに歌舞伎役者の隈取りを真似た顔と手振りと入れながら「拙者親方と申すはー」とはじめた。だが空気を読めていない陽気な男の頑張りはその場に浮いた。

「バカにするなっ」

尚太郎はいたたまれず武雄の部屋を立ち去った。

【つづく】

令和2年7月9日