75.雨のち晴れ 12話

 奈緒美は一年二ヶ月振りとなる思い出の部屋を見渡すと、大きな溜息をひとつ吐いて「汚ったない部屋」と笑った。

「ね、よくもここまで汚せたね、あのねーここは私の聖地だったんだからね」と言いながら窓を開けて万年床の布団を干しはじめた。

「尚太郎、なにをぼーっと見てるのよ?掃除、あんたもやるのよ、ほらほら」。

 尚太郎は奈緒美といることが楽しかった。この人と一緒にいると元気になれる。出会ったときからそうだった。あのとき、奈緒美に連れて行かれた劇場で芝居に触れたことが自分の夢へと繋がったのだ。その奈緒美が今、目の前にいて、ひとりで喋ってひとりで笑っている。その顔には今を生きてる充実感と輝きがあり、その笑顔を見ているだけで元気になれる。

「ま、こんなものかな」。埃ひとつなくなった部屋を眺めた奈緒美は大きく息を吐くと、共同洗面所にバケツの水を捨て、絞った雑巾を干すと「行くよ」と玄関へと歩きはじめた。

「どこに行くんですか?」

「ゴハン、お腹ペコペコー」と奈緒美は笑った。

 商店街を歩いてるときに店のウィンドウの大きな時計が夕方の時刻を指してることを知った尚太郎が思わず「あっ」と声をあげたので奈緒美が「どうしたの?」と聞くと

「実はバイトの時間で…」、尚太郎は申し訳ない顔を見せた。

「いいよ、休んじゃいなよ」。奈緒美は笑う。

「え…?」

「私が大阪から来てんだよ。」

「どっちを選ぶの? 私とバイト」

【つづく】

令和2年7月14日