77.雨のち晴れ 14話

「勉強…ですか?」

「そ、役者になるための勉強、本を読んだり、舞台を観に行ったり博物館や美術館に行ったりしてる?」

「博物館?」。役者の勉強に博物館や美術館に行くという理由が解らないので尚太郎はきょとんとした顔を見せると奈緒美は四ヶ月前の大阪の劇場での出来事を面白おかしく話はじめた。

 その舞台は人気歌手が幕末の悲劇の志士として主役をやるとのことでマスコミも取りあげ、東京、名古屋、大阪、福岡の公演チケットは販売と同時に全てが売り切れとなった話題の舞台だった。

「私の周りって口の悪い職人さんが多いのね。舞台を袖から見ながらその人が言ったの。『あの兄ちゃんはあかん。現代の爽やかな兄ちゃんがタイムスリップして幕末に存在してるだけや…あかんなー』って」

尚太郎は素朴な質問をした。

「なにが、ダメなんですか?」

「私たち裏方はね、その時代の美術や装置を一生懸命に作るの。衣装さんも、結髪さんも、ちゃんとした役者も幕末という時代を勉強するの。でも主役だけが感性のみで幕末の舞台にいた。でね、私の上司はこう言ったの」、奈緒美は尚太郎に顔を近づけて、「あいつの人生はあと三年やな」と囁いた。

          

「・・・」

            

尚太郎の表情が固まった。

【つづく】

令和2年7月16日