店の入口の公衆電話で奈緒美が電話をしているとき、尚太郎は思い出していた。あの日の慎一の言葉を。
「役者になりたいっていうわりには勉強してないよな」
「本読んでないもんな」
「頭だけで夢語っとったって、なにもはじまらんのじゃぞ」
そういうことだ…自分のバカさ加減を知った…。
それから一時間後に、尚太郎は、奈緒美と上野の東京国立博物館にいた。
これまでの人生において縁もなければ行きたいと思ったことがなかった場所には大勢の同年代がいたことにも驚き、法隆寺宝物館の展示物を食い入るように見ながら、すごいな〜ああ〜そうなんだ〜うわあ〜と何度も感動の言葉漏らす奈緒美の姿に美術家としての向上心を感じ・・・、そして自分の未熟さを改めて痛感した。
博物館を出ると奈緒美はンンンーと両手を空高くかざしながら「ありがとー法隆寺ーお利口になりましたー」と叫び、天にかざした左手首の腕時計を眺めて「ウン、いい時間だ、最終に間に合う」と笑った。
「最終?今日大阪に戻っちゃうんですか?」
「そりゃあそうだよ、明日仕事だもん」
このとき尚太郎は察した。
奈緒美は自分のことを「やしろ荘」の住人、またはサチ子かよしえから聞いて、そんな自分を励ますためだけに日帰りでやって来てくれたことを…。
令和2年7月17日