東京駅で最終の大阪行きの切符を買った奈緒美は、次に弁当を二つ買うと、ひとつを「ハイ。今夜のごはん」と尚太郎の胸に押しつけた。
「尚太郎。いい友だちだと思うよ、その人」
「? 誰ですか?」
「殴り合いになった人。尚太郎のことを心配してるから嫌なことを言ってくれたんだよ」
「…そうだと思います」。蚊の鳴くような声で答えた。
そのとき、突然構内が騒然となった。
若い男たちの怒声と叫び声と足音が改札口で響き、二人がなにごとかと振り返るとハッピ姿とハチマキをした十数人の男たちが改札に押しかけ、乗降してきたアイドルに向かって声をかけはじめた。
「お帰りなさい」「お疲れさまでした」「次のコンサート楽しみにしてます」などなど大きな声で言葉をかける男たちをいなすようにマネージャーの男が「ハイありがとうー駄目だよーこれ以上近づいちゃ危険だからな、応援ありがとうー」と叫びながら小柄な女の子をガードして八重洲口へと急いでいる。
尚太郎と奈緒美がその光景を眺めていると、その輪を目指してひとりの男が、小さな箱を抱えながら息荒く走ってきた。
「待ってー待ってープレゼントを買ったんですー」
目的のアイドルを目指し、まっしぐらに走ってきた男は、その動線の途中に立っていた尚太郎とぶつかってしまい大切に抱えてた小さな箱を落としてしまった。箱から飛び出したショートケーキが歪な姿となって講道に転がり、それを暫し見つめた男は悲壮感この上ない顔を尚太郎に向けて叫んだ。
「なんだよー」
涙目になった目元を袖で拭うと、アイドルの元へと走り出した。
令和2年7月18日