尚太郎と奈緒美は目を合わせて含み笑いをした。
「俺が悪いんですか?」
「すごいよねー親衛隊。あの人たちも熱く生きてるんだよね〜」と微笑むと不慣れな関西弁を使って「尚太郎、やってみなはれ」と言った。
不思議そうな顔をしてる尚太郎。
「これね、松下幸之助の言葉」
「松下幸之助って…松下電器の?」
「そう、あの会社の社風なの。やってみなはれ、やらなわからしまへんで〜。いい言葉よね〜私もその精神でやってる。尚太郎、踏ん張るんだよ」。そう言うと改札へと向かった。
その去り方は、あの日「やしろ荘」を去っていく日とおなじで、スマートだった。
駅員に鋏を入れてもらった切符を受け取った奈緒美は振り返ることなく歩いていく。尚太郎の目にはその姿が涙で霞んで見えない。もっともっと話がしたい…もっともっと元気をもらいたいんだ…イヤだイヤだ、話がしたいんだ。尚太郎は境界防護となってる鉄柵へと走り奈緒美に叫んだ。
「俺ダメなんです、全然ダメなんです、なんにもできてないし、していないし、そのくせひとりでスネてて、ダメなんです」。ヒックヒックとしゃっくりをあげる尚太郎はまるで小学低学年の子供のようだ。
階段を上りかけた奈緒美が振り返って見ている。
「そういうことをおっくんや北別府さんに言えばいいのよ、あの人たち、みんなあなたのお兄さんなんだよ。あんたが勝手に心を閉ざしてるだけじゃん」
「だけど(ヒック)大学に行ってないのは俺だけで(ヒック)」
「いい加減にしなさい!」奈緒美は怒りの言葉を叫んだ。
令和2年7月19日