91.雨のち晴れ 28話

 会計伝票を受け取りにきたアルバイトの女性店員は困惑していた。会計をしてくれというから、このテーブルにやってきたのに一人の客が「ダメダメ、もう一杯だけ飲ませて、ね、ね」と両手を合わせて拝みだしたのだ。飲み屋でよく見る光景だ。帰ろうとしてる同卓の客たちが、その男をなだめている。

          

「ガッキー、明日も本番があるんやからー今日はここまで、わかった?ハイおしまい、オーシーマイ」

           

 本番という言葉を聞いた店員は、この客たちは舞台役者だと察した。

          

ったく、お気楽な男たちだと思いながら男たちの顔を眺めると、おおおーオイオイ、イケメンが揃ってるじゃん、と興奮した。

           

                

「ね、もう一杯だけ、飲ませて、ね」

             

「だーめ。ガッキー帰るよ。お姉さん、お会計してください」

               

「はーい」。女性店員は好みの顔の男に話しかけられたことで舞いあがった返事をした。いそいそとレジに向かう顔が紅潮している。

 やべっ、好みだよ好み、私の好物のお顔だー。舞台、どこでやってるのかな?観たいな〜あの人のお芝居。この街で飲んでるということは俳優座かな?明日観に行っちゃおうかな〜と心が弾んだ。ン?え?つまり、あの酔っ払い、ガッキーって呼ばれてたあいつも役者なの? いやいやガッキーは裏方だな、裏方って顔をしてたよ。そんなことを考えながらレジを打ち出した。

               

                  

 役者のガッキーは、この夜、気持ちのいい酒を飲んだ。ここにいるメンバーが自分の存在を、自分の話を必要としてくれたのだ。情報屋として、これほど嬉しいことはない。

            

「だよねーみんなは俺の情報を知りたいよねーだよねーだって俺はガッキーだよ、情報屋のガッキーだよー」

【つづく】

令和2年7月30日