カラオケを出た三四郎は、渋谷に移動すると二十四時間稼働ジムで簡単なトレーニングをして汗をかき、疲れた体をサウナで休め、そして帰路に着いた。途中、コンビニで翌日の朝食用と思われる野菜サラダと豆乳を購入して、自宅マンションへと消えていった。
尾行トリオの才蔵、ガッキー、アロハの体力は限界に近かった。尾行によって何らかの成果が得られていたのなら心も弾むが、何ら変哲もない一人の男の後ろ姿を眺めてるだけの時間はゴールが見えない修行だった。特に才蔵は、昨日は朝方までの涼風との電話で寝不足である。
時計は夜中の三時を回った。三人は帰りたかった、だが、それを口にすることは許されない我慢比べのような雰囲気があり、誰かが(帰ろう)と言ってくれることをそれぞれが頭の中で願いながら、三四郎のマンション前の公園ベンチに座っていた。
「つまんないすね」
アロハがポツリと呟いた。
「オレが言いだしといて、なんですけど、三四郎さんのプライベートってクソですね。ジムで体を鍛えて、朝メシは野菜と豆乳、部屋に帰っても電気をつけないで…。そうやって忍者の末裔って役に徹したいのは分かりますけど、その一方でストレス抱えて、ひとりカラオケって…。つまんないよなーそんな人生」
アロハの言葉を聞きながら才蔵とガッキーは三四郎の部屋の窓を見上げた。そうなのだ、帰宅した三四郎の窓から明かりが漏れたのは玄関扉を開けたときに、共同通路からの灯りが一瞬射しこんだきりで、そのあとは暗いままなのだ。
「忍者ぶって瞑想してるか、ストレスから解放されてバタンって眠っているかわからないすけど、どっちにしてもつまらないプライベートですよ」
明るく、投げやり的な口調でそう言ったアロハを、ガッキーは驚きながら見つめた。
「アロハって明るく人の悪口を言うんだー?」
「ヘヘ、すみません、ハワイに憧れてるんで明るさが売りなんです、あ、このネタは秘密でお願いしますよ」
「バーカ。ガッキーが黙ってるわけないだろ」才蔵は笑った。
三四郎は、壁に身を隠すようにしながら窓の外の様子を窺い見ていた。
令和2年8月8日