欠伸を噛み殺した才蔵が「あれ?」と呟いて二人を見た。
「なー続いてんじゃね?」
「なにがですか?」アロハが面倒くさそうに聞き返す。
「今、101話だぜ」
アロハとガッキーは驚いて顔をあげた。
「お? ホントだ、続いてるよ、続いてるよー」
三人は無邪気に喜びを分かち合いながら笑いはじめた。
窓の下の公園で笑いあってる三人の男の姿を盗み見ていた三四郎は唇を噛むと、自室を見渡した。殺風景な部屋に、似つかわない4Kの85V型テレビが置いてある。テレビを見ないい生活をしていたのに、先日衝動買いをしてしまったのだ。
その日は稽古オフ日で、ゆっくりと過ごすはずだったが、突然ストレスが体全身を襲い、買い物に走った結果、その勢いで購入してしまった代物だった。自宅に届いたときは後悔をした、なぜ、こんな不要なものを買ってしまったのだろう…。だが、それなのに、今、CSチャンネルの韓流ドラマにハマってしまっている。誰にも言えない秘密を二つも抱えてしまったのだ。
この日も、録画をしたドラマの続きが見たくて仕方がないのだが、マンション前の公園にあの三人がいる。テレビをつけると窓から漏れる光量でテレビの存在が知られてしまう…。
三四郎のストレスが膨らんできてる。
ジムを出てからの帰宅途中、誰かに後を尾けられてる気配を感じ、確かめようとコンビニに入り店内から外の様子を眺めたときは、愕然とした。尾行をしていたのは才蔵とアロハとガッキーだった。情報屋ガッキーにプライベートを暴かれるのか…そんな恐怖に襲われながら食べたくもない野菜と豆乳を買った。本当はチョコと甘い缶コーヒーが欲しかったが、ストイックな男として、この舞台の座長を任されてるイメージがある。
「くそ・・・」
三四郎は公園の三人を睨み見た。
「ドラマを見たいのに・・・続きが見たいのに・・・」
三四郎は悩んだ。そして結論を出した。
「消せるかな?」
そう呟くと、手で印を結びはじめた。それは忍者たちの護身法の九字切り、九字護身法のポーズである。これは人の邪心を祓ったり厄除けの効果もあるが、その場所を浄化する効果もある。
テレビがない生活のとき、忍者になりきろうと毎日様々な訓練をしていた三四郎は、時々その成果を試していたことがあった。そのひとつの忍法を今、やりはじめた。
三四郎が言った「消せるかな?」とは、どういう意味なのか…。相手の記憶を消すということである。過去に一度だけ成功したことがあった。二年前のことだ。食事の席で、つい共演者への愚痴をついてしまったとき(あ、しまった)と思い、話し相手に九字護身法と共に強い念を送りつづけたその結果、相手の男は「あれ?なんの話をしてたんだっけ?」となったことがあった。
三四郎は暗闇の部屋から窓の外の三人に向かって、強い念を頭と心に抱きながら唱えはじめる。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」
夜空は満月に輝いている。
令和2年8月9日