13.ママとランランとマミコ
六本木の小さなバーのカウンターで三四郎とランランが涼風の話を聞いている。
「奈緒美さんは、いつも私にエネルギーをくれた人だったの。とっても優しい人、自分に厳しくて、人に優しい…そういう人なの…」
グラスの中でゆっくりと溶けていく氷とバーボンを涼風は見つめていた。
三四郎が優しい瞳を涼風に向けた。
「その人、涼風ママの恩人なんですね」
「そう、大恩人。あの人がいなかったら今の私はいないと思う。奈緒美さんがいてくれたから頑張れたの、あれからものすごーく頑張れたの」
「僕、その人と会ってみたいです」
「私も会ってほしい。多分ね、頑張り屋の三四郎とは、もの
すごーく気が合うと思うの」
「うわあー楽しみです」
破顔の三四郎を見て、涼風も嬉しくなった。なんて無邪気で可愛いコなの、私の大恩人の奈緒美さんの話にこんなに喜んでくれているなんて…あゝホントにいいコ、素直なコ、食べちゃいたいなーと心の中で思いながら、綺麗に整った三四郎の顔を眺めていると、その視界にブスリとした目で自分を見ているランランの顔に気がついた。
「ランラン、なんなの? そのブサイクな顔は?」
涼風の問いかけにランランはなにも答えず、睨むように涼風を見ている。
「ちょいと怖いんだけど…なんなのよ?」
三四郎が顔を反転させて右隣のランランの顔を眺めると、小さく、うーと唸ってるランランに気がついた。
「どうかしたのですか? お腹痛いんですか?」
「ママー、なんなのよ?じゃねえよ」。ランランは奥歯を噛みしめながら低い声で呟いた。
「それオレだから」
「なによ、オレだからって?あんたの言葉には動詞がないのよ、わからないわよ」
「東京駅。ショートケーキ、それオレだよ!」
涼風と三四郎は顔を見合わせながらランランがなにを言っているのだろうと首を捻った。
「サッパリわかんないんだってばさー。酔ったの?あんた、お酒弱くなったわねー。じゃあそろそろお開きの時間としましょう、マスターお会計お願いね」
「だからー涼風さんがその奈緒美さんつーう人と東京駅にいたとき、男とぶつかりました、ショートケーキ床に落ちました、それオレなんですってば!」
「・・・」となってる涼風と三四郎にランランは言葉を続けた。
「あのとき、マミコが地方での仕事から帰ってくるつう噂が飛んできてオレたち親衛隊は東京駅で張ってたんです。いくら待ってても来ないし、ガセ情報かとなったんだけど、そんなことはないって。そんでオレ、疲れて帰ってくるマミコのためにショートケーキを買いに行ったんです、そしたら帰ってきたぞーってなって、急いでケーキを箱に入れてもらって、走って、そしたら、目の前にヌボーとしたワケわかんない兄ちゃんが立っててドンって、ショートケーキばしゃって落ちて、そんで「なんだよー」って叫んだのオレだから!」
「ええー」
ランランの話を聞いた三四郎は興奮をした。
「うわ…すごいです、涼風ママとランランさん、そこで会ってたんですねー」
「ねえ〜繋がってたのね〜私たち。人生いろいろね、島倉千代子よ」
ランランの不機嫌は頂点に差しかかる程苛ついた。カウンターをバンと叩き、声を荒げた。
「そんなことはどうだっていいんだよ、問題はマミコのケーキだよ」
「うっさいわね〜。ハイ聞きます、マミコって誰なのよ?」
「おーっととと、そうきますか。高井麻巳子!おニャン子クラブ、会員番号16。あのときのオレの青春の人、今はアキモトの奥さん、くそおーそんなこともどーでもいいんだ!あの人は間違いなくあのときのオレの青春のアイドル!高井麻巳子」
「あら、そうだったの。あの改札にいたコ、おニャン子のコだったのね、サインもらっておけばよかったわー。今持ってればメリカリで売れたわね、ガーハハハ」
「ママ、メルカリです」三四郎が訂正をした。
「あらヤダ、惜しかったわねーホホホ」
ランラン「そんな話じゃないっ!」
「そんな話じゃない!」
ランランが再びカウンターを叩いた。
「なんなのよ、怖いわねー」
「あのとき、オレがどんな思いでマミコのためにショートケーキを買ったかわかりますか?渡せたときの一瞬の笑顔を楽しみにしていたオレの青春をわかりますか!それを渡せなかったオレがどんな気持ちであの夜を過ごしたかわかりますか!」
「わかるわけないじゃないのさ、今頃グチグチグチグチグチグチーと、面倒臭いオトコねー」
「謝ってください」
「はい?」
「あのときのことを今、ゴメンねって謝ってください。ぶつかってゴメンね、ショートケーキ落とさせちゃってゴメンね、マミコからもらうはずだった微笑みを奪ってしまってゴメンねって謝ってください」。唾を飛ばしながら激高するランランに呆れた涼風は「馬鹿馬鹿しい」、と言うと「ツバ飛ばすんじゃないわよ、コロナこれから来るのよ」と叱った。
涼風はマスターの手から伝票を奪うと金額を確認し、お金を払いながら二人に伝えた。
「私の話はここまでよ。OKオケケ〜、じゃあ明日の本番もよろしくね〜」
涼風はニコリと微笑むとあの頃の奈緒美の真似をしてスマートに店を出ていった。
「・・・。え?」
店内に残った三四郎とランランは顔を見合わせー。
「今、ここまでって言いました?」
「言ったな…」
「涼風せいらのOKオケケは終わりってことなんですか?」
「そうとも受けとれたぞ…」
「突然、最終回かよ?」
「だ、ダメです、そんなのダメです」
動揺をする二人だが、そこには涼風の姿はなかった。
「いやいや待てください。奈緒美さんがどうして現れないのかも分かってないし。あと、涼風ママが、いえ、尚太郎青年がどうして涼風ママになってしまったのかも不明のままですよ、気になりますってー」と三四郎は訴える。
「オレが気になるのはふる里のほうだ。星一徹ばりのオヤジさんと残された弟と妹、どうなったんだ?」
「そーですそーです、そっちも知りたいです」
「だよねー知りたいよねー。マスターもそうでしょう?」
マスターは伏せ目がちに「はい」と囁くと−−−−。
「終りきれてないことが多いと思います。その後の才蔵とアロハはどうなったのか?情報屋ガッキーとアーヤン、ミンソンとジホたちはどうなったのか。あとダンサーを夢見てる慎一くん、モデルを夢見た浩輔くん、いい人のおっくん、それと最後に出てきた不気味な男は何者なのか、全てが中途半端で、ハッキリ言ってストレスです」
「つか、マスター、盗み聞きしすぎじゃないの?」、ランランが呟いた。
「え? あれ?」
「どうしたの三四郎くん」
「そもそも、この物語って今年五月の『ママの里帰り』が中止延期になったことではじまったんでしたよね」
「そうだよ」
「そしてママがどうやってメンバーを集めたかって…そういう流れでしたよね」
「そうだ、そうだった」
「その話だって結末迎えてないし、全てが気になります」
三四郎とランランは顔を見合わせて叫んだ。
「気になるってー」
「ムズムズするー」
「続きを知りたいってばー」
涼風せいらは夜の六本木を颯爽と歩いていた。
「あ〜今夜は喋りすぎちゃった。これ以上はダメよダメダメ、人間は秘密があるほうがいいのよ、フフフ」
と、ネオンと人波に消えていった。
【連載90話にて おしまい】
連載90話でおしまいを告げた物語だったのだが…。
タクシーに手をあげようとした涼風の手首を人波からヌゥーと現れたゴツゴツした手がムギュッと掴んだ。ヒッと振り返った涼風の目にアクア九条が見えた。
「あんた、ひとり逃げは許さないわよ。あたしとのケリはついてないのよ、チケット一枚譲りなさいよー」