「家出をした尚太郎を俺が匿うなんて絶対にムリだ」
武雄の言葉に尚太郎の頭の中はこんがらがった。武雄先輩だけが頼りだった、この人に見捨てられたら行き場所はなくなるわけで、俺はどうなってしまうんだ…美味しかったスキヤキは喉を通らなくなっていた。

東京での一泊二日で改めて感じたことは、この街には夢と自由が溢れていて、その一人になりたかった…。だけどこのままでは上田に帰るしかないのか、弱気な気持ちが心を支配しはじめた、そのとき奈緒美が笑顔を向けた。
「じゃあさ、私の部屋に住む?」
「え?」、尚太郎は奈緒美を見た。
「あ、それいいアイデアじゃん。それだったら武雄くんが匿ってることにはならないんだし、尚太郎くん、奈緒美の部屋に飽きたら私のところでもいいよ」。
サチ子が賛同すると、
よしえが
「だったらさー私たちの部屋を行ったり来たりする? 楽しそー」
と言った。
尚太郎は女の子の部屋に居候できる自分の人生を想像した。


「いやいや、それじゃと意味がないじゃろ」
奥平が口を挟んだ。
「考えてみぃや。仮に尚太郎の父ちゃんが息子は奈緒美さんちゅう女の部屋に居るとわかったとしよう。そんとき、どう思う?そのアパートにゃあ武雄もおるのか? なるほどなーこのエゲツない青写真を描いたんは武雄というわけか、キッチリとケジメをつけるしかないのお」。
奥平は地元広島への格別な愛の印として東京に来ても東京弁には流されないという鉄則を持っていて日常会話でも常に広島弁を使っていた。愛嬌のある和んだ方言なのだが、ここ一番のときには「仁義なき戦い」の菅原文太口調になる癖があった。
「よしてくれよ」武雄は泣きそうだった。
「つまりじゃ、奈緒美さんたちの善意は武雄を蔑める怖さを秘めとるちゅうわけじゃ。尚太郎、われはそうまでして恩人である武雄を困らせたいのか」
「いえ…」。この言葉で尚太郎のパラダイス計画の夢は儚く消えた。
「そこでの、わしゃ考えたんじゃ」
全員が奥平を見つめた。
「俺のアパートなら安全じゃろ」
その言葉に武雄も奈緒美たちも、なるほどーと声をあげて喜んだが尚太郎は
朝のキスを思い出した。
あれはなんだったんだろ・・・。
この人と二人で暮らすのはとっても怖い
・・・と思った。

令和2年5月23日