プロローグ

楽しい 楽しい時間だった。みんなと 笑って踊った。お客さんも笑った、一緒に踊った。『伊賀の花嫁』は年の初めに行うお祭りのような舞台。この日、初日を終えた。

「舞台こそ、私の生きる空間」。

                    

化粧前鏡に映ったケバケバしい化粧の自分に嬉しそうに囁いた。だが十日後に千秋楽を迎えると、この祭りが終わる。そのことを思うと泣きたくなるほど寂しくなった。

                    

「泣いちゃダメよ」

      

涼風せいらが鏡の中の不細工な自分に、そう囁いた時、携帯電話が鳴った。観劇後、いつも辛辣な感想を伝えてくる友人は、こう言った。

「涼風せいらの物語が観たい。番外編をやってよ」

                               

電話を切った涼風せいらは興奮をしていた。私の物語?つまり私が主役?そんなことしていいの? だってこの物語の主人公は伊賀三四郎で…

私が主役?

          

や…やりてえー。 

やりてえよー。

やりてーってばー。

                

                                          

 その夜の初日カンパイの酒は美味しかった。

 自宅に帰っても友人の言葉に酔いしれた。鼻歌が止まらない。

二匹の愛犬、チワワのポンとロコが不思議そうに顔を見合わせた。

ご機嫌の主人の様子が嬉しいのかその夜はどこに行くにもついて歩いた。

キッチンの冷蔵庫からビールを取り出すときも、洗面台で歯を磨くときも、風呂に入ってるときは脱衣所でお座りをした。

                

「あーさっぱりした」。

風呂から出てきた涼風せいらはおっさんだったがポンとロコには見慣れた顔だ。

                   

                 

 散歩道を歩きながら考えていた。

         

 芝居を打つことは簡単なことではない。劇場、スタッフ、キャストを押さえることはもちろんだが、最大の問題はホンと演出だ。

                       

「伊賀の花嫁」シリーズは作・演出家のカッシーのオリジナルなので仮に番外編で自分が主役の物語をやるとしてもあの男の許可が必要だ。

そして許可をもらうと同時にホンを書かせる。

                  

それもタダで。

                     

作:はっとりみどり

 さてと、どうやってあの男を口説き落とすか。正面攻撃でグタグダと時間を使うよりは弱みを握って脅すか、フフ、楽しくなってきたわよー。

                      

 ポンとロコは主人の顔を見上げながら、
ウチのおっちゃん、今夜は悪い顔をしてるなーと思った。

本編へつづく

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