上京して三週間と五日が過ぎた。
尚太郎は工事現場でネコと呼ばれる一輪車に砂利を運んだり、ツルハシで土を掘り起こす仕事をしていた。日本全国に土地神話が生まれ、東京はマンション建設ラッシュに沸き、予備校生という偽りの履歴書で、この日雇いのバイトに潜りこんでいた。
尚太郎にとって奥平の言葉は言霊だった。
「夢を語るなぁええことじゃ思う。夢を手にするために行動を起こすこたぁ最高のエネルギーじゃ思う。じゃけぇ他人の夢のために助けてくれる人はおらん思うたほうがええ」
尚太郎は夢のための第一歩として金を貯めようと考えたのには奥平のその言葉が大きかった。自分には頼れる人がいないので生活費確保を求めてこのバイトをはじめたのだった。
ネコを動かすのに苦労をしたのは最初の二日ほどで、コツがわかればなんてことはなかった。現場の職人たちからは、おっ兄ちゃんセンスがいいなーと冷やかされて調子に乗った。
日当八千五百円は夢のような金額でこの日、仕事終了と同時に親方から本日までのバイト代十八万円を手にした。
夢のような大金だった。
生活費確保以外にもうひとつの使い道を決めていた。
おそらく奥平はイヤがると思うが、住まわせてくれているお礼として三万円を手渡したいと考えていた。
帰り支度を済ませた尚太郎は茶封筒を大切そうにパンツとお腹の間に隠すと颯爽と工事現場を後にした。
その姿を二人の男が盗み見ていた。
令和2年5月27日