鼻の痛みは消えなかったが尚太郎は翌日、バイト先へと向かった。
「今週いっぱいは休んだほうがええって」
玄関で靴を履いてる尚太郎に奥平が心配そうに言葉をかけたが「大丈夫です」と新宿の建設現場に急いだ。歩くたびに鼻骨が呻いた。
その痛みが尚太郎を怒らせていたのだ。
「絶対に許さねぇ」
作業員たちは建物内のプレハブ小屋や物陰で各々作業服に着替えるのだが尚太郎は着替えることなく「犯人」を探して歩いた。どこだ、どこにいるんだ、小太りの男とひょろ長の男はどこだ…。尚太郎を殴り給料袋を奪った二人の大学生は完成間近の二階の角部屋でタバコをふかしながらバカ話をして笑いあっていた。
「昨日の焼肉、むちゃくちゃに美味かったなー」
「今日はどうするよ? なにを食う?」
「服、買おうぜ。池袋のパルコ、どう?」
「いいねーオレら今月は大名だな、ハハハ」
それらの会話を物陰で聞いていた尚太郎は通路に転がってた24インチのパイプレンチを握るとスッと二人の前に立った。
「俺の金を返せよ」
犯人たちは尚太郎をじっと見た。
尚太郎は証拠のタオルを床に放った。
「返せよ」
犯人たちは尚太郎を睨み見ながらゆっくりと立ちあがった。
「返せって」
犯人たちは弁明をするわけでもなく一言も発することなく、左右に分かれて尚太郎を挟むように立ち、その場を支配した。その動きは喧嘩慣れをしている二人だった。
「返してください」、尚太郎の言葉が弱々しくなる。
小太りの男は腰に巻いてるガチ袋から金槌を取り出し、ひょろ長は釘抜きを握ると自分の肩の高さまでかざし、尚太郎を睨みつけながら、おめえがそのレンチを振り上げたらオレらは躊躇なくいくぜ、そんな凄みを感じさせていた。
令和2年5月30日