奈緒美は引越しの準備を終えた室内を眺めていた。
「やしろ荘」で暮らした四年間の思い出の部屋には近所の酒屋やスーパーからかき集めた十四個の段ボールが積まれている。押し入れには今夜眠るための布団が置いてあり、明日の朝、あの布団を布団袋に仕舞えばこの部屋とはサヨナラか…。
それにしても十四個って…荷物少ないなーと呟いて、奈緒美はクスリと笑った。
「奈緒美さーん、ごはんの準備できましたよーみんな待ってますよー」。
明るい声とともに現れたのは二十歳になった尚太郎だ、ヒョイとやってきて室内を見つめた。

何度か遊びにきた奈緒美の部屋は女子大生というより芸術の香りが漂う部屋で、何より尚太郎を元気にさせてくれた思い出の部屋でもあった。殺風景となった四畳半の部屋を見つめながら尚太郎は呟いた。
「本当に出て行っちゃうんですね」
「うん、就職したからね」
「寂しいな…」
「とか言っちゃって、早くこの部屋に住みたいと思ってるんでしょうー」
「そんなことは…」。
尚太郎は口ごもった。
奈緒美の後釜として、明日からこの部屋の主に尚太郎がなることは決まっていた。自分の城を持てることへの楽しみはあるが、それでも奈緒美との別れは寂しいものだった。
一年前のあのとき、
あの一件以来、人と会ったり外を出歩くことが出来なくなった尚太郎に「ね、バイトをやってよ」と声をかけたのは奈緒美だった。
「いえ、僕、あの、外に出るのは…」と縮こまった尚太郎に
「平気平気、外に出なくても大丈夫、この部屋でできるバイトだから」
と奈緒美は微笑んだ。
「私のためにヌードモデルになって」

令和2年6月1日