35.明日はそこにあるはず 4話

 奈緒美の部屋を見つめながら、あの日の出来事を思い出していた。

            

 あのとき、対人恐怖症となり外に出ることを怖れていた自分を奈緒美とサチ子は励ましてくれたのだと思う。

            

 ヌードモデルをやったことでその日の夜の「やしろ荘」の住人たちは大笑いとなり、その話題の主役となった尚太郎は孤独からの脱出ができたのだ。

               

 感謝してもしきれない奈緒美が明日、いなくなる。

      

 奈緒美の就職戦線はまさに戦いだった。時代はバブルで「売り手市場」と言われていたが実は企業側も強気で、キミじゃなくても募集すれば人材は他にもいるんだよ、そんな空気があった。第一希望、第二希望、第三、第四と落ち続けた奈緒美に第三希望の舞台制作会社から補欠募集の連絡が入り、その面接時に「勤務地は大阪支社になります、これを承諾してくれれば内定を出せますが、どうしますか?」となった。

               

 縁も所縁も憧れもなかった大阪の地だったが、それでもその場所には奈緒美の夢があった。「ハイお願いいたします」、と元気よく返事をした。

                 

 そうやって勝ち取った就職先だった。

                 

 奈緒美は明日を夢見て「やしろ荘」を去っていくのだ。

             

 今夜はお別れ会だ。武雄の部屋には仲間たちが待っている。

           

【つづく】

令和2年6月5日