「暴力はよすんだ。暴力に対して暴力? いいかい、暴力からはなにも生まれはしない。仮に生産があるとするならば、それは負の連鎖だけで、例えばキミたちの拳が相手を殴ったとしよう、そうするとだ(!)痛っ」
武雄が話の途中の北別府の頭をコツンとやって廊下に出て行くと奥平があとに続いた。
「邪魔じゃ、どけ」。
ポツンと取り残された格好となった北別府が我に返ったときには武雄と奥平は階下の下駄箱で靴を履いて外へと歩きはじめようとしていた。
「ま、待てよ、キミたちは年下だぞ、今、年上の僕の頭を殴ったな、おい待てよ」。
そう叫んで二人を追いかけた。
高円寺駅までの道、中央線の車内、新宿南口改札を通り抜け、尚太郎がバイトをしていた建設現場に着くまで北別府は、馬鹿な真似はやめなさいとスタスタと歩き続ける武雄と奥平を説きつづけた。
「僕は弁護士のタマゴだ、僕が法的に解決してあげるから」
「弁護士の、タマゴ…?」
「心強い人がこがいな近くにいたのか?」
足を止めゆっくりと振り返った二人に北別府は落ち着いた口調で言った。北別府義一が人生で輝いた瞬間だった。
「そういう連中を処罰するために法律という武器があるんだ、僕に任せるんだ」
工事現場に意気揚々と乗り込んだ北別府と武雄と奥平であったが数え切れないほどの職人を眺めながら、どの男が尚太郎を殴った男なのかが全くわからずに呆然と立ちつくしていると親方らしい大きな男に「邪魔だ、どけ、殺すぞ」とドヤされて「はい」とスタコラと走り去った。
その夜の「やしろ荘」は三人の情けない武勇伝に奈緒美たちは笑い転げた。
「そんなに笑うなよ」、武雄は言い返した。
「だってさー普通は相手の名前とか、特徴とか調べてから行くんじゃないの? 武雄たちがやってきたことって普通の工事現場見学じゃん(笑)」
共同洗面所で食事を終えたみんなの食器を洗っていた尚太郎の隣にやって来たよしえが「すごいね、あの人たち、ロックじゃん」と言った。
「え? ロック?」
「だって仇討ちに行ったんだよ、魂で動いたんだよ。尚太郎くんは幸せ者だね」。
よしえは嬉しそうに言うと食器洗いを手伝った。
その日をきっかけに北別府は「やしろ荘」の家族となり、困ったときは北別府に、そんなルールが作られ、北別府もそれに答えようとした。
そして三度目の司法試験も落ち、試験資格剥奪者となった。
令和2年6月8日