76.雨のち晴れ 13話

 赤電話の前で尚太郎は脂汗をかきながらバイト先の社員に何度も頭を下げた。

「はい、急にお尻が痛くて…今電車を降りてトイレに行ったらパンツに血がついてて…あ、はい、痔です。痔が悪化して歩くのも痛くて…くしゃみしても痛くて…今から病院に、はい…すみません、今日はお休みを…はい、すみませんでした」。相手が電話を切ってくれたとき、汗で滑り落としそうになった受話器を両手で支えながらゆっくりと電話機に置いた。その姿を見ていた奈緒美がケタケタと笑った。

「いい芝居してんじゃーん、上手ーじょーず」

 ジューと焼けるハンバーグを目の前にした尚太郎の喉が何度もゴクリと鳴り、「いただきまーす」の両手を奈緒美と合わせるのが待ち遠しかった。店に入ったとき、お洒落な空間にも緊張したが、スープやサラダがおかわり自由と聞いて、なんて素敵な店を奈緒美は知っているんだと驚いた。

「VOLKS。このお店の第一号店は大阪なんだよ」と奈緒美が教えた。

「美味しい?」

「ハイ!美味しいです」

「ハンバーグ、もう一個食べる?へへ〜私、社会人なんだからおごってあげる」

「いいんですか?」。遠慮がちに言った尚太郎の言い方は、お願いしますに等しい。

 二枚目の鉄板ハンバーグを半分ほど食べた頃、尚太郎の腹がようやく落ちついてきた頃合いを見計ったように奈緒美が唐突に聞いてきた。

「勉強してる?」

「え?」

【つづく】

令和2年7月15日