81.雨のち晴れ 18話

「ばかじゃないの、あんたは」

奈緒美の目は悔しさに滲んでいる。

「コンプレックスなんか、みんな持ってるの、あるの、誰もがあるの」

「・・・」

「毎日毎日大阪で、アホんだら、ボケカス、ド新人、センスなし、東京に帰れ、コテンパンにやられてるの、だけどね私は絶対に負けないの、踏ん張ってるの、もう一度言うよ、私は絶対に負けないから。絶対に東京に戻ってくるから」

 奈緒美の綺麗な瞳が悔し涙で濡れている。修行をしてくると言って旅立った大阪の地で揉まれてる奈緒美の一年と二ヶ月の悔し涙だ。

 最終の大阪行きを知らせるアナウンスが響き渡り、「やっばーい」と奈緒美は階段を駆け上った。

 尚太郎はその姿を、奈緒美が見えなくなった階段を見送った。辛い日々を過ごしてる奈緒美が自分のためにやってきてくれたことを知った。ひとりではないことを教えてもらい、何百回も「ありがとう」を伝えたい人が自分にいてくれるだけで心があたたくなり、「ありがとう」を言いたくなり、改札を飛び越えて階段を駆け上った。それを見ていた駅員が「おい」と追いかけた。

 ホームに着くと車両の扉が閉まったところだった。どこだ、奈緒美さんはどこにいるんだ、尚太郎はホームを走り、奈緒美を探したが見つけることはできない、窓に向かって「ありがとうー」を叫んだ。どこかの車両にいる奈緒美に届けとばかりに叫んだ。「ありがとうございます、ありがとうございます、踏ん張ります、ありがとうございます、踏ん張ります」。見知らぬ乗客たちは呆然と、ある人はクスクスと笑いながら尚太郎を見ていた。走り出した車両に尚太郎は叫び続けた。最後の車両尾がホームから消えていくまで泣き叫んだ。

 追いかけてきた駅員がその姿を優しい瞳で見ていた。

【つづく】

令和2年7月20日